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TSUGITE 第11号 2017.10月発行

2017年10月、松建設は創業100周年を迎えることができました。これもひとえに皆様のご贔屓とご支援の賜物と感謝しております。オーナー様が大切な資産を守り、次世代につなぐために、これまで以上にお役に立てるよう、そしてさらに頼れる存在として尽力してまいります。どんなお困りごとも、たとえ些細なことであってもお任せください。私たちがすぐに駆けつけます。オーナー様の未来のために。できることを、ぜんぶ。松建設は、そっと寄り添い続けます。

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ありがとう 100年分の感謝と101年目の約束

もっと任せられる、高松建設グループへ。

おかげさまで松建設は、2017年10月に100周年を迎えることができました。
松建設を支え、育ててくださったすべての方への感謝を胸に、次の100年も、そのまた次の100年も、皆様の期待に応え続けていくことを、ここにお約束いたします。


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感謝の御挨拶

100年間貫いた「お客様第一主義」を徹底し着実に社会的責任を果たします。

私たち松建設は、2017年10月をもちまして創業100周年を迎えることができました。これもひとえにお客様、関係者の皆様のご愛顧とご支援の賜物と、心より御礼申し上げます。
振り返りますと、1917年に父の松留吉が大阪市淀川区で創業し、少しずつ規模を拡大してまいりました。しかし'59年に父が急逝し、私と弟の孝育が急きょ家業を継ぐことになったのです。昨日まで学生服を着ていた2人がお取引先の工場や会社にごあいさつに回る中、多くのお客様から温かい励ましの言葉をいただき、そのおかげで仕事を続けることができました。
「しっかりやりなさい、応援してあげるよ」と力強く背中を押してくださったお客様や、ある会社では社長様自らが幹部の部長様を集めて「松の息子がやるのなら、ひとつ応援してやろう」と声をかけてくださり、全社を挙げて支援してくださいました。
お客様のご厚情、心の温かさを知るこの得難い経験は、松建設の「お客様第一主義」の原点となっています。お客様のお力添えがあってこそ、松建設が存在しうる。これからも深い感謝の思いを持ち、一層の「お客様第一主義」を貫く覚悟でおります。

100年を迎えた松建設は、グループ19社、 社員3900人の規模へと成長し、創業当時の家業とは異なる、企業としての社会的責任の大きさを感じております。私たちが携わるのは、長期間にわたり暮らしやビジネスの基盤となる大切な建物であり、40年経っても満室稼働なさっているオーナー様がいらっしゃるほどです。しかし耐用年数が長い反面、工業製品等とは異なり、手作りであるがゆえに均一性を保つのは大変です。だからこそ私たちは、より完成度の高い建物を一つひとつ丁寧に、総力を挙げて作り上げています。メンテナンスについても責任の重さを自覚し、オーナー様、入居者様にご満足いただけるサービスをご提供しています。
これら社会的責任を果たすためには、直接お客様に対応する個人の力が大きいと考えます。社員それぞれが自分の使命を自覚し、お客様に深い感謝の思いを持って高品質なサービスをご提供できるよう、教育にも一層の力を注いでまいります。
創業100年と申しましても、こうした時間の経過が長いビジネスですから、100年はあくまでも通過点に過ぎません。この先150年、200年を考えながら、お客様の大切な財産である建物を守り、維持するために、さらなる努力が必要だと考えております。
これからもお客様とより良いお付き合いを重ね、企業として成長を目指してまいります。引き続きご指導、ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

松コンストラクショングループ 取締役名誉会長 松孝之

次の100年も一丸となって 皆様の暮らしに寄り添う 松コンストラクショングループの仕事

松コンストラクショングループは、松建設ならびに青木あすなろ建設を中心とした、建築事業、土木事業、不動産事業の3つの事業を柱とする建設業の専門集団です。 この街並も、あの景色も、皆様の暮らしのすぐそばが、私たちのフィールドです。人に、社会に、ひいては次の世代のために、あくなき挑戦は続きます。


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総合建設松建設

資産価値をいかに高めるか。建築時はもちろん、長期的視点の事業提案を行います。
アイディアが土地を活かす」のスローガンのもと、松建設はオーナー様の大切な資産の価値を高めていくために、現状の問題解決を総合的にご提案しています。重要な視点は、数十年先を見据え、建物のポテンシャルを上げておくこと。そのために当社は、企業理念に「C&Cカンパニー」を掲げています。土地活用や賃貸経営のノウハウをご提供するコンサルタント、設計から施工まで自社一貫体制で行い高品質な建物をつくるコンストラクトを意味します。
国が定める耐震基準よりも15%強度を高めた耐震性の追求。また、グループ会社である松エステート、松テクノサービスを通じ、建てた後のサポートも万全の体制で臨んでいます。
常にお客様の事業を第一に考えながら、提案力やデザイン力に磨きをかけ、「お客様に喜びと幸せを感じて貰える会社」を目指して、次の一〇〇年へ向けて積極的に挑んでいきたいと思います。

建築基準法よりも厳しい自社基準を設けた賃貸マンション。
オーナー様の想いを汲み取った、唯一無二のオリジナルマンションを。耐久性や耐震性はもちろん、高いクオリティとデザインの追求は、入居者様からも高いご支持をいただいています。
福祉のこれからと、あるべき姿を考えた高齢者施設。
高齢化社会に相応しい、本当に価値ある施設を建てたいと、松エステートと協力し、企画設計・施工から介護サービス運営まで一括サポートする高齢者向け住宅事業にも注力しています。
共に生き、成長していける地域に根ざした病院を。
「入院」ではなく「住まう」という観点を基本に。ストレスを感じさせない快適性や機能性はもとより、患者様やスタッフの安全性に配慮した施設のご提案を行っています。
作業環境を最適化し、将来ニーズも見据えた工場。
工場もまた土地活用のひとつであり、未来へつながる大切な資産。作業形態、収納量、道路環境、法的制約、労働環境などの条件をクリアし、将来の条件変化も視野に入れた全体計画をご提案しています。
オフィスビルは理念や姿勢をコンセプトに込めて。
企業のイメージを向上させ、街の景観をも担うデザイン。経営コストを削減できる最新の省エネルギー設備や、明るく快適で機能的な空間。これらをうまく融合させることで、価値を生み出すビルを実現しています。
狭小地でも施工できる高度な技術力でホテルを手がける。
大切なのは、お客様にもう一度来たいと思わせる「感動体験」。立地やブランドコンセプトなどの条件を踏まえ、インテリアやプロダクトなどの専門家と共に、独自性のある施設をお届けしています。

メンテナンス・リフォーム松テクノサービス 東京|大阪

徹底したオーナー様目線で、細やかなアフターメンテナンス。
建物見守り隊であり、建物ドクターでもある松テクノサービス。治療(診断、修繕)だけでなく、長期的な目で検診(定期点検)、予防(改修提案)まで、松建設が施工した建物を中心に建物のケアを行っています。また、24時間365日、建物・設備のトラブルをサポートする「ピースフル24」、さまざまなお困りごとをお手伝いする「マルチワーカー修繕サービス」にも注力しています。
建設業は今、古くなったら建て直す「スクラップ&ビルド」から既存の建物のデザインや間取りをつくりかえる「リノベーション・再生」へと変化してきています。時代の流れから見ても、当社が担う役割は重要度が増しています。今後もより一層、高い設計力や施工力、そして提案力を向上させ、オーナー様のご要望に応える会社を目指します。


不動産総合コンサルタント松エステート 東京|大阪

管理のプロ集団として、マンション経営を盤石にする。
松建設が施工した物件の管理会社として、松エステートは「入居募集」「管理」「工事」「保険」などの業務からマンション経営をお手伝いしています。オーナー様の所有マンションの資産価値、収益性を最大限に引き出すために、入居募集や管理を優先業務としながら、全ての管理を代行する一括借上の推進や築年数の古い既存マンションの競争力向上のために、大小さまざまなリノベーションのご提案にも注力しています。
引き続き、オーナー様と密なコミュニケーションを図りながら、入居者様の満足度も向上させることで、高い稼働率の達成に努めていきます。そして、地域密着の強みを活かした管理・運営で、オーナー様の長期的な安定経営のサポートに最善を尽くします。

オーナー様と入居者様の笑顔のために、総合管理会社としてあらゆる角度からマンション経営をサポートしています。

神社仏閣建築金剛組

西暦578年から、社寺建築を守り続ける世界最古の企業。
金剛組のはじまりは飛鳥時代から。今を遡ること1400有余年、聖徳太子の命を受けて日本最初の官寺「四天王寺」建立のために百済より3人の工匠が招かれたといいます。そのうちの1人こそ、金剛組を創業した金剛家初代当主である重光です。四天王寺の建立後も、彼はこの地に留まり寺を守ることを命じられて、以降今日まで、幾多の試練、困難を乗り越えながら、四天王寺のみならず金剛組は全国の社寺を手がけてきました。
時を経て2006年、金剛組は松コンストラクショングループの一員となり、伝統の技術と心、ならびに従業員・宮大工といった人材をすべて引き継いで新たなスタートを切りました。数百年の歳月に耐えうる金剛組の技術と松建設の強みである企画提案などのノウハウを両輪として、伝統を重んじつつ新しい技術を常に追求し、社寺建築を守り続け、企業としても存続し続けることを目指していきます。


神社仏閣建築(中部圏)中村社寺

千年以上もの寿命を誇る木造建築の番人として。
中村社寺は、社寺造営のため京より招かれた初代当主により西暦970年に創業されました。
以来、社寺建築を一筋に「技」と「心」で文化と匠に挑戦し、社寺建築のエキスパートとして長きに渡り歩み続けています。
先人たちが磨きをかけて守ってきた伝統工法を受け継いでいく一方で、現在では放射性炭素年代測定により時代に応じた改修の提案や、工事の前後に常時微動測定を行い耐震性能の向上を確認するなどの取り組みを導入しています。さらに未来を見据え、社寺の建築を通じて、より社会に貢献できるよう努めていきます。

インテリアリノベーション住之江工芸

さまざまな内装空間を、ラグジュアリー空間へ。
住之江工芸は、ブランドショップ・ラグジュアリーホテル・高級住宅・オフィス内など、高級内装工事を専門に手がけています。当社の強みは日本有数規模の木工工場を持ち、デザイン提案から設計→制作図対応→自社工場生産→現場内装→施工管理までワンストップで対応できることです。
ワンポイントリフォームから大型施設までイメージに合わせた高品位な空間づくりにおいて、家具・建具といったディテールに至るまでトータルにコーディネート。「本物」を知るからこそできる「本物」のクオリティで、ニーズに応えるだけでなく、新たなニーズやリピートをつくり出したいと考えています。

RC造戸建住宅JPホーム

鉄筋コンクリート造による、ただ一つの邸宅を。
JPホームは、鉄筋コンクリート住宅を専門に設計施工する建設会社です。その家づくりは、専任の建築士が一邸ごとに丹念に設計していく自由設計に力を入れ、お客様にご提案しています。施工においても、人の手によるカスタムメイドの柔軟な対応にこだわり、世界に一邸しかない邸宅を生み出します。
近年、医院建築や店舗併用住宅、小規模多層階建築など、コンクリート造の堅牢性を活かした建築物の需要にも取り組んでいます。


大型土木工事・建築青木あすなろ建設

優しい社会は強い基盤から。あらゆる建築ニーズに応える、未来志向型集団。
大型土木工事および商業施設、そして超高層ビルの設計施工など、都市開発における建設に、青木あすなろ建設は広く携わっています。今日よりも明日、明日よりも未来を見つめた企業姿勢を重んじ、「技術」、「サービス」に加え他社にはない「特徴」を持った建設会社として、時代や環境によって変化する建設ニーズに応えるべく尽力しています。
当社は他社との差別化が図れる固有技術の開発・改良に継続的に取り組んできました。それらの成果は現在、耐震やインフラの見直し、自然エネルギーなどの得意分野においていかんなく発揮されています。
すべては人々の暮らしと社会のために。青木あすなろ建設はいわば、未来志向型集団です。常に先を見据えて、成長と変革をモットーに、総合技術力のレベルアップを図り「イノベーション」に挑戦していきます。

港湾・海上工事みらい建設工業

大規模工事で日本のみらいをつくる。
みらい建設工業は、日本有数の「マリンコンストラクター(海洋土木建設業者)」として、北は北海道から南は沖縄に至るまで、日本各地で大規模な工事を展開しています。一例としては、国内各地の港湾にまつわる護岸工事や防波堤工事。東北自動車道や新名神高速道路のインフラに関わる建設工事。羽田空港や中部国際空港、関西国際空港の海上空港・海上滑走路の建設。そして、宅地造成や区画道路の整備など都市計画に関わる工事などが挙げられます。
保有する多種多様な技術を活かして、これからも社会への貢献と新たな生活環境の提案を目指していきます。

海洋土木工事青木マリーン

海を舞台に、土木と輸送で社会に貢献。
神戸港ポートアイランドや六甲アイランド、関西国際空港や中部国際空港、羽田空港など、誰もが知っている人工島の海上埋立工事に従事してきた青木マリーン。その一方で、コンテナや大型の建設機械、セメントの副材料などを輸送する海運事業も展開している異色の企業です。海上土木と海上輸送のエキスパートともいうべき青木マリーンですが、東京では河川の護岸工事や橋梁工事なども行っています。
日本は海に囲まれた海洋国家です。培ってきた高い技術力と保有する船舶の機材力を活かし、幅広い分野の工事にお応えすることで、これからも日本の海洋事業に貢献していきたいと思います。そして、いずれは土木や海運だけにとどまらず、エネルギー分野も視野に入れた複合的な海上事業を展開していきます。

斜面安定・爆砕工事東興ジオテック

特殊な仕事を幅広く。社会を影から支える立役者。
東興ジオテックの展開する事業は特殊なものばかりです。たとえば「法面事業」。自然や景観に配慮しながら、道路工事などに伴って出現する斜面の崩落防止対策を講じています。ほかにも、地盤改良や液状化対策を行う「地中事業」や、掘削現場などで岩盤を破砕する「ロック事業」などがあります。
ふだんの暮らしの中では、なかなか意識する機会はないかもしれませんが、これからも生活基盤整備や環境保全などの事業を通して社会に貢献していきます。

舗装工事あすなろ道路

道路をつくりながら、北の大地の豊かな未来をつくる。
北海道で道路をつくり続けて40年以上。あすなろ道路は、地域に根ざした道路舗装工事の老舗企業です。道路は人の暮らしや社会を支える大動脈。ただアスファルトを舗装するだけでは、社会のニーズには応えられません。あすなろ道路では、走行時の騒音を抑え、水はねや水煙も防止する「排水性舗装」や、輻射熱を軽減してヒートアイランド現象を抑える「保水性舗装」、製造時の 発生を低減する「中温化舗装」など、安全で環境にやさしい道路づくりを推進しています。また、自社で舗装材料の製造から販売までを行い、舗装技術全般の開発にも力を入れています。
近年では、道路のバリアフリー工事など、道路関連の土木事業にも取り組んでいて、道路舗装の枠を超えた幅広い建設分野への拡大を目指しています。

土木・舗装工事新潟みらい建設

みらいへの道を新潟に築く。
新潟みらい建設は、社名の通り新潟に根ざした企業として、大小を問わず道路の舗装工事を行い、冬季には除雪業務も請け負います。テニスコートや人工芝の施工も手がけるなど、きめ細かな活動で地域の発展を支えています。

オフィスビル改修エムズ

ビルのスペシャルアドバイザー。
エムズは、ビルのリノベーションを専門に行う施工会社です。日々発生する建物のマイナートラブル(鍵の交換など)から、ビル全体の大規模なリニューアルまで、ありとあらゆる建物をトータルにサポートしています。 エムズの使命は、建物のオーナー&ユーザーの両者が満足できる魅力ある建物にグレードアップさせること。そのために、施工はもちろん、調査・計画・設計にも力を入れ、迅速で柔軟な提案・対応を心がけています。
豊富な知識とノウハウを武器に、「どんなことでも任せて安心」と言われる、リノベーション業界のオンリーワンを目指しています。

文化財の発掘調査島田組

古の叡智を、次代へつなぐ。
島田組は、貴重な埋蔵文化財の発掘調査・分析・保存移築に取り組む会社です。近年では、真田丸の発掘調査も行い、その技術力の高さを改めて実証しました。
今後は、史跡などを保存し、次世代へ確実に伝える史跡整備事業にも力を入れていくことで、文化財を生かした町づくりや観光資源づくりに貢献したいと考えています。


THE HISTORY 100年の軌跡と101年への布石


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はじまりは、町の小さな建築屋。
技術をつなぎ、信頼をつなぎ、想いをつないできた歴史も
気がつけば100年になりました。
創業から現在、そして未来へ。
松建設が何を考え、どのようにして歩んできたのか。
皆様に知っていただきたい歴史が、ここにあります。

小さな町の建築屋として仕事に励む日々。戦争や創業者の急逝など苦難が続く。創業期

01 まだ牛や馬が道ゆく時代

創業当時の大阪・十三は、まだまだ建物も少なく、のどかな田園風景が広がっていました。建物といってもほとんどが木造で、RC造の建物が出てきたのは阪急百貨店(昭和4)、北野高校(昭和6)くらいのもの。昭和15年頃でも、まだ街中を自動車と牛車・馬車が入り混じって通っていたような時代でした。

02 大正の「建設」事情

大正時代の「建設業」は、「土建(土木建築)業」と呼ばれていて土木が中心。工事のレベルも今とは雲泥の差でした。たとえば、当社が施工した北野高校の運動場の造成工事。今ならトラックで簡単に土を運搬できますが、当時は牛車で千里の山から山土を運搬していました。しかも、牛一頭につき人ひとりがついて歩く地道な作業の繰り返しです。まさに「牛歩の歩みも千里」を地でいくような話です。

03 時代の波に乗り始めた矢先

昭和20年代後半、戦争で受けた痛手や戦後の混乱期を乗り越えた松組は、映画館や商店、工場などの建設を手がけ、ようやく事業も軌道に乗り始めます。日本の建設業も、ブルドーザーやパワーショベルなどの機械化が進み、本格的に近代化していきました。経済白書に「もはや戦後ではない」と書かれたのもこの頃のこと。松組としても、「さあ、これからだ!」というときに、創業者・松留吉の急逝という苦難が訪れます。

少しずつ仕事も会社も規模を拡大。全国展開企業への道を歩み始める。始動期

04 企画提案営業の原点

この頃、住宅金融公庫の賃貸住宅建設融資は、煩雑すぎる申込手続を理由に、多くの人が断念している状態でした。他の建設会社も諦めて、金利の高い銀行融資を勧めているなか、この状況を何とかしたいと思った当時の社員は、手続方法を独学で勉強。お客様の手続を代行し、将来の収支を含めた具体的な事業計画を提案することで、お客様に大変喜ばれました。これが、ただ建てるだけではなく、お客様の希望を叶える事業提案から行う「コンサルティング営業」の始まりであり、賃貸マンションを柱とした、土地を有効活用する企画提案営業の始まりでもありました。まさに、当社の原点ともいえる出来事です。

05 キーワードは「直接責任施工」

施工するだけ、建てるだけが普通だった時代に、当社は何か問題が起こった際に責任を分散させないよう、設計・施工を一貫して行うようになります。それが「直接責任施工」です。責任の問題だけではなく、『お客様の要望や夢をカタチにするためには、設計から自社で取り組み、最善のプランをつくりあげる必要がある』というモノづくりへの妥協なき姿勢も、設計・施工を一貫して行うきっかけのひとつでした。これらは、当社で建築していただいたものは、責任を持ってずっと守っていくのだという、お客様への宣言でもありました。

06 すべては技術研鑽のため

1969年頃から、ビルや工場の建築といった当時としては大型のプロジェクトも動きはじめ、1970年代は、賃貸マンションを手がける一方で、官公庁などの仕事にも力を入れていました。そうやって、さまざまなジャンルの建物を手がけることで、建築施工技術に磨きをかけていきました。さらに、当時技術No.1といわれていたゼネコンの下請けに自ら入ることで、その技術力を貪欲に学んだりもしていました。各々の現場から帰社した若手社員たちが、すぐにまた他の現場の応援に向かう。作業着とパジャマさえあれば事足りる。それほど社員全員が、がむしゃらに働いていた時期でした。こういった研鑽の日々が、現在の松建設の基礎をつくり上げたのです。

07 いよいよ東京へ進出

関西で磨き上げた企画提案型のビジネスモデルは、関東でも通用するのか。東京支店の開設は、大きな挑戦でした。関東での実績は、もちろんゼロ。ただ、お客様の悩みを解決し、夢をカタチにするのに関西も関東も違いはないはず。専務以下4名だけでスタートし、必死の営業活動が続きます。やがて少しずつ結果がついてくるようになり、人員も増加していきました。この東京支店の成功により、当社は全国展開企業への第一歩を踏み出したのでした。

08 お客様のために新会社を設立

建てた後のことには無関心。そんなことを気にするよりも、どんどん建てろ。そんな会社が多かった時代に、設計・施工に一貫して責任を持つスタイルだった松建設は、建物の品質だけにとどまらず、建てた後のメンテナンスや入居付け・建物管理にも責任を持とうと考えます。「やまと建設」と「日本建商」は、そうしたお客様への責任感から設立された会社なのです。建物としても、事業としてもアフターケアを徹底し、建てた後もお客様のよりよいパートナーとして共に歩み始めました。

時代の流れに合わせてM&Aを敢行。多様な専門性を持つグループへと成長していく。発展期

09 阪神・淡路大震災での被害ゼロ

1995年1月17日5時46分、近畿一帯は震度7という大地震に襲われます。約30分後には社長が出社し、すぐに災害対策本部を設置。単車や自転車を使って、お客様の安否やお困りごとがないかの確認作業に奔走しました。「今、自分達になにができるのか」を考え、水や食料などの救援物資の提供、仮設住宅や仮設風呂の設置、公共浴場や病院の仮補強などに社員一丸となって取り組み、松建設の行動力が思わぬ形で役立つことになりました。
阪神間で松建設が施工した建物は108棟。当時から15%の余裕を持たせて構造設計を行っていたため、108棟中107棟が被害ゼロ。残る1棟も外階段の一部が損傷しただけで構造的には問題なく、簡単な修復で安全評価となりました。周辺のRC建築が倒壊・損壊する中、図らずも松建設の安全性が立証されることになり、これを境に建築基準法の1.15倍の構造設計は、松建設の標準となりました。

10 初のM&Aを敢行

2000年、建設業界では上手くいかないといわれていたM&Aを敢行。大型工事・海洋関連事業の小松建設工業と小松舗道のグループ化は、それぞれの強みを補完し活用することで、事業の拡大と収益性の向上を目指すという前向きな試みでした。このM&Aを機に、当社は連結売上1000億円を担う企業集団へと成長。2002年には、民事再生法を申請していた青木建設もグループ化し、さらに規模を拡大していきました。まさに、バブル崩壊後、建設投資の急減による競争激化で収益性が著しく悪化していた建設業界において、確固たる基盤を築く再成長へのターニングポイントになったといえます。

11 あすなろ建設と青木建設がひとつに

2004年4月、業界を取り巻く経営環境は厳しいながらも、両社の得意分野である技術力や営業力などを互いに補い合うことで、さらに存在感を発揮する建設会社へ合併。「青木あすなろ建設」として、復旧・復興関連工事や生活インフラ整備など社会的課題に取り組むとともに、グループとしてもより活躍のフィールドを広げる契機となりました。

12 「金剛組を潰したらあかん」1400年への敬意

2005年の夏頃から、金剛組の救済話が浮上。当時、松建設の会長だった松孝育は金剛組の経営危機に関する話を耳にし、「金剛組を潰したら大阪の恥や。古いものは一度なくしてしまうと二度と元に戻すことはできない」と支援に乗り出しました。そして2006年、金剛組は松コンストラクショングループの一員として再出発を果たすことに。1400年の間に脈々と受け継がれた金剛組の志や技術は、社寺建築を通じて日本の伝統文化に貢献するだけでなく、各グループ会社のモチベーションアップにもつながっています。

13 最高水準の技術研究所

2014年4月より、グループの共有資産研究所として、共同利用をスタートした「TCG技術研究所(茨城県つくば市)」。同等クラスのゼネコンの研究所としては最高水準を誇ります。もともとは、青木あすなろ建設が所有する技術研究所でしたが、グループ全体で活用する方針へと転換することで、さまざまな得意分野を持つ各グループ会社の人的資源やノウハウが集結する場所に。社会インフラの老朽化対策や長寿命化対策・防災・環境技術の開発などに力をいれた研究開発を行うなど、日々、建設の明日を見据えています。

14 サービス付き高齢者向け住宅ブランド「エニシエ」の誕生

2015年11月、松建設が企画設計・施工を行い、松エステート(大阪)が介護事業者として住宅運営や介護サービスの提供を行う「エニシエ川西加茂」が兵庫県川西市にオープン。松建設は、従来から高齢者施設への土地活用のご提案をしてきましたが、少子高齢化や高齢単身世帯の増加などの社会環境の変化を鑑み、松建設グループとして設計・施工・介護サービス運営を一括サポートすることに。高齢者施設を数多く手がけてきた松建設の実績と賃貸マンションの入居募集・管理をしてきた松エステートのノウハウを連携させ、「エニシエ」ブランドを展開していきます。

松建設の未来へ向けたプロジェクト

賃貸マンションの設計・施工にはじまり、工場や病院、オフィスビル、
ホテル、高齢者施設など、さまざまな事業を展開してきた松建設。
時代とともに事業内容や規模は変わっても、お客様の満足のために努力を続ける
「お客様第一主義」の心が変わることはありません。
最後に、101年目からの松建設をカタチづくっていく現在進行中のプロジェクトをご紹介いたします。
「DPL流山」は、総敷地面積約182,000m2、総延床面積約387,000m2(東京ドーム約8.2個分)を誇る国内最大級の物流施設。全3棟の施設を建設予定で、現在は1棟目を建設中です。託児所やコンビニエンスストアを完備し、免震システムや非常用自家発電機も導入するなど、防災配慮設計の施設になっています。松建設と青木あすなろ建設の技術とアイディアをかけ合わせながら、2018年2月の竣工へ向けて現場員一丸となって最高品質を追求しています。

掲載内容は2017.10月発行時点のものです。
時間経過による掲載内容の変化は保証できませんのであらかじめご了承ください。
内容についてお確かめの場合は、【0120-53-8101】へお問い合わせください。

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