
- 設計担当エピソード
「街の本屋さん」をマンションの一角に再現――本を介した心の交流

マンションのエントランスの一角にある、小さな図書館。そこには小さいながらも、お客様が慈しまれてきた本の世界が再現されています。
長年街の人々に愛されてきた書店を閉店して、賃貸マンション経営を始められたお客様とのお話です。
その本屋さんは、「街の本屋さん」として、地域の方々に親しまれていました。お客様は創造性が豊かな方で、店内には本がわかりやすく陳列されているだけではなく、来店した人に喜んでもらえるような仕掛けがなされていました。
季節に合わせたお花を生けたり、6月のジューンブライドの時期にはドレスを飾ったり、注目の本の特集に合わせて大きな絵を描いたり。お客様は、他の本屋さんにはない大胆な発想で、お店に来る人たちを楽しませていたのです。
しかし、近年のオンライン書店の台頭による売上への影響と、ご自身がご高齢であることから先行きに不安を感じられ、開店から25周年の節目でお店の閉店を決断されたのでした。
初回の設計打合せ後に、お客様が経営される喫茶店でお茶をご一緒したことがきっかけで、ご自身の生い立ち、本屋さんの歴史や想いなどを語っていただきました。私はそのお話をお伺いするうちに、お客様の生きがいでもある本屋さんを閉店してしまうことが、とても寂しく思えてきました。そして、いてもたってもいられず、新しく建設するマンションにも何か仕掛けをつくりたい、お客様と一緒に考えたいと、その場でお伝えしたのです。
お客様は私の申し出に、快く賛同してくださいました。本と建築を結びつける手段についてお話しする中で、お客様との会話は大変盛り上がりました。
その後のご提案では、さまざまな案が出たものの、かつて本屋さんがあった証を残すことを、設計のコンセプトにしました。ファミリー向けのマンションの建設を計画していたこともあり、エントランス部分に小さな図書館をつくろうという話でまとまります。
「どんな本を用意しようか」と、お客様は早くも想像を膨らませ、ワクワクされていました。
コンセプトが決まったところで、設計に取りかかります。設計面での工夫としては、エントランスに本を陳列するカウンターと、小さい子どもがその場で座って絵本を読めるように、デザインを統一した低めのベンチを設けました。
また、ベンチには親しみやすく、かつスタイリッシュに見えるよう、水色のモザイクタイルを使用しました。そこに座った時に、縁側の軒下でくつろぐ温もりを感じてもらえるように、天井を木目調のデザインとし、お客様のご意見も聞きながら設計を行いました。
さらに、今回はご自宅を解体した跡地にマンションを建設するため、お客様の思い入れのある品も、エントランスに飾ってはどうかというアイデアが出ました。
そこで、以前経営されていた飲食店の文字が刻印された鏡を、エントランス内で再利用することにしたのです。
マンション内に、小さな図書館をつくる。その実現を目指して、建築計画は着々と進んでいきました。
時は過ぎ、マンションの引き渡し日がやってきました。
お客様は、早速ご自身で用意された本を口笛でも吹きそうなご様子でエントランスに並べられていました。そして、本の陳列が終わると私に向かってにっこりと微笑みながら、何度も何度も温かいお言葉をかけてくださったのです。
「髙松建設さんにお願いして、ほんとうに良かった! ほんとうに素敵なものをつくってくれてありがとう!」
このようなお言葉をいただき、『お客様と一緒に、この空間をつくりあげることができて良かった』と、私の胸には感動がこみ上げました。それとともに、お客様の声を大切に、一緒につくりあげてくれた工事担当の方や職人さん、営業担当の方への感謝の気持ちでいっぱいになりました。
マンション竣工後、私はお客様よりお電話をいただきました。それは、エントランスに設けた小さな図書館のご利用状況に関するご報告でした。
その当時はコロナ禍でしたが、入居者の方々は頻繁にその図書館へ立ち寄られているとのことでした。本をその場で読まれたり、1冊の本が入居者同士のコミュニケーションへとつながったり、家に持ち帰りゆっくり本を楽しまれたり、というふうにご活用されていました。
設計者として貴重な経験を積ませていただいた、この先も一生忘れられない、かけがえのない想い出です。






